5/21/2018

DJWWWW & Pachinko Machine Music live at Orange Milk Showcase Japan Tour 2018





Orange Milk Show Case Japan Tour 2018 Fukuoka

June 9th (Sat) 14:00-22:00
at Torikai Hachimangu https://goo.gl/maps/kFK3unZED982
ADV ¥2,500- / DOOR ¥3,000-

LIVE&DJ:
Giant Claw
Seth Graham
toiret status
DJWWWW
shine of ugly jewel
hinako takada
SHX
abelest
hir 0)))
スポーツガーデンひ

VJ:
chanoma
AYAO

Exhibition:
Yumiko Shinozaki


OM日本ツアーの福岡公演にDJWWWWとして出演します。この名義で曲を作ったのが2016年で最後なのでどうしても自分の現在の感覚と合わせづらい部分もあるのですが初期曲から『Arigato』の全てを横断するようなセットにしようと思います。感謝の意味も込めて。


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Orange Milk Show Case Japan Tour 2018 Osaka

June 10th (Sun) 16:00-22:00
at Circus Osaka http://circus-osaka.com/
ADV ¥2,500- / DOOR ¥3,000-

Act:
Giant Claw
Seth Graham
D.J.Fulltono
食品まつり a.k.a foodman
Pachinko Machine Music
toiret status
metome
Takashi Hattori

DJ:
POW (Zico, Baby)

Shop:

Info:


大阪公演にはPachinko Machine Musicとして出演します。


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Keith RankinとSeth Graham。自身の優れた作家としての活動もさることながら、私が彼らに敬意を表したいのは「2010年代」を論考するときに確実に存在したポップ・ミュージックを下敷きとしたエクスペリメンタル・ミュージックのモダニズムを邦人作家に注視しまとめ上げたこと、そしてそれを現在も継続させていることです。「2010年代」、このディケイドを体系的にまとめるならばOPNとJames Ferraroをゴッド・ファーザーとして、Hippos in Tanksがそのモダニズムのプロトタイプとなるはずです。ファウンダーであるBarron Machatが見た景色はレーベルのUNO NYCやジャーナリストのAdam Harperなどにも共有されていました。そして、我々、日本人にも無意識にその景色は広がっていたのです。「シーン」というものは明確に形容した途端に陳腐になってしまうスリリングを孕みながらも観測としての魅力は確実にあります。しかし、そこに機能性を持たせることを我々日本人は躊躇します。その逆張りのほうが容易にクールネスを演出できるからです。正直に私もその性格です。自分は自分。ただ、国が違い、言語も違う彼らからすればその辺の細かな感覚は良い意味でどうでもよく、彼らの目に映る「現行の日本のエクスペリメンタル・ミュージック」、分かりやすい記号として敢えて使用しますがボアダムスやジャパノイズといったキーワードを更新する気概に満ちた、非常に愛に溢れたキュレーションは自然と次世代の「シーン」を国内にも醸成していきました。Foodman、Ventla、D.J.Fulltono、mus.hiba、toiret status、CVN etc.、それぞれの趣向は異なり、それぞれの作家が身を置くカルチャーや人脈も違います。しかし、ほんの少しだけ重複する部分、つまりそれがOrange Milk=Keith Rankin、Seth Grahamが見るモダニズムなのですが、それを一つの機会としてこうして多種多様な人物が出揃うOM全国行脚の実現に繋がったことには非常に感銘を受けます。口にするのは恥ずかしい。そこに属したいわけではない。しかし、そこにある「シーン」。日本の実験のイマ。決して大きな渦ではないのかもしれませんが未来にこのディケイドを振り返ったときには確実に意味のあるものだと思います。東京、岡崎、大阪、福岡。各公演でより一層に体力を持つであろうポップ・ミュージックとエクスペリメンタル・ミュージックの混沌が、10年後、20年後にも輝くことを楽しみにしています。

read by hikari 3



「わたしはひとりのプルチネッラを知っています」と、月がいいました。「見物人はこの男の姿を見ると、大声ではやしたてます。この男の動作は一つ一つがこっけいで。小屋じゅうをわあわあと笑わせるのです。けれどもそれは、わざと笑わせようとしているのではなく、この男の生まれつきによるのです。この男は、ほかの男の子たちといっしょに駆けまわっていた小さいころから、もうプルチネッラでした。自然がこの男をそういうふうにつくっていたのです。つまり、背中に一つと胸に一つ、こぶ、、をしょわされていたのです。ところが内面的なもの、精神的なものとなると、じつに豊かな天分を与えられていました。だれひとり、この男のように深い感情と精神のしなやかな弾力性を持っている者はありませんでした。

 劇場がこの男の理想の世界でした。もしもすらりとした美しい姿をしていたなら、この男はどのような舞台に立っても一流の悲劇役者になっていたことでしょう。英雄的なもの、偉大なものが、この男の魂にはみちみちていたのでした。でもそれにもかかわらず、プルチネッラにならなければならなかったのです。苦痛や憂鬱さえもがこの男の深刻な顔にこっけいな生真面目さを加えて、お気に入りの役者に手をたたく大勢の見物人の笑いをひき起こすのです。

 美しいコロンビーナはこの男に対してやさしく親切でした。でもアレルッキーノと結婚したいと思っていました。もしもこの『美女と野獣』とが結婚したとすれば、じっさい、あまりにもこっけいなことになったでしょう。プルチネッラがすっかり不機嫌になっているときでも、コロンビーナだけはこの男をほほえませることのできる、いや大笑いをさせることのできるただひとりの人でした。最初のうちはコロンビーナもこの男といっしょに憂鬱になっていましたが、やがていくらか落ちつき、最後は冗談ばかりを言いました。

『あたし、あんたに何が欠けているか知ってるわ』と、コロンビーナは言いました。『それは恋愛なのよ』

『ぼくと恋愛だって!』と、この男は叫びました。『そいつはさぞかし愉快だろうな! 見物人は夢中になって騒ぎたてるだろうよ!』

『そうよ! 恋愛よ!』と、コロンビーナはつづけて言いました。そしてふざけた情熱をこめて、つけ加えました。『あんたが恋しているのは、このあたしよ!』

 そうです、恋愛と関係のないことがわかっているときには、こんなことが言えるものなのです。するとプチネッラは笑い転げて飛び上がりました。こうして憂鬱もふっとんでしまいました。けれども、コロンビーナは真実のことを言ったのです。プルチネッラはコロンビーナを愛していました。しかも、芸術における崇高なもの、偉大なものを愛するのと同じように、コロンビーナを高く愛していたのです。コロンビーナの婚礼の日には、プルチネッラはいちばん楽しそうな人物でした。しかし夜になると、プルチネッラは泣きました。もしも見物人がそのゆがんだ顔を見たならば、手をたたいて喜んだことでしょう。

 ついこのあいだ、コロンビーンが死にました。葬式の日には、アレルッキーノは舞台に出なくてもいいことになりました。この男は悲しみに打ち沈んだおとこやもめなんですから。そこで監督は、美しいコロンビーナと陽気なアッルッキーノが出なくても見物人を失望させないように、何かほんとうに愉快なものを上演しなければなりませんでした。そのため、プルチネッラはいつもの二倍もおかしく振舞わなければならなかったのです。プルチネッラは心に絶望を感じながらも、踊ったり跳ねたりしました。そして拍手喝采をうけました。

『すばらしいぞ!ブラボー じつにすばらしい!ブラビッシモ』

 プルチネッラはふたたび呼び出されました。ああ、プルチネッラは本当に測りしれない価値のある男でした!

 ゆうべ芝居が終わってから、この小さな化物はただひとり町を出て、さびしい墓地のほうへさまよって行きました。コロンビーナの墓の上の花輪は、もうすっかりしおれていました。プルチネッラはそこに腰をおろしました。そのありさまは絵になるものでした。手はあごの下にあて、眼はわたしのほうに向けていました。まるで一つの記念像のようでした。墓のうえのプルチネッラ、それはまことに珍しいこっけいなものです。もしも見物人がこのお気に入りの役者を見たならば、きっとさわぎたてたことでしょう。

『すばらしいぞブラボープルチネッラ! すばらしいぞブラボー、じつにすばらしい!ブラビッシモ』」


アンデルセン 『絵のない絵本』より「第十六夜」


read by hikari
hand drum, asmr, video by kenji

Makeup removal by Tear Souvenir [A Q U A E, 2018]

Makeup removal by Tear Souvenir [A Q U A E, 2018]

https://aquaardens.bandcamp.com/album/tear-souvenir-makeup-removal

”世界で一番美しいレーベル”、A Q U A Eが静かに再始動した。主宰のjccgはこの1〜2年沈黙を続けていたのだが、数ヶ月前よりtwitterに彼の暮らすポルトガルはコインブラの景色を収めた写真を淡々と投稿するようになっていた。彼は音楽家であると同時に非常に優れた写真家である。彼が切り取るどこまでも瑞々しいコインブラの空気は彼の静かな佇まいと柔和に交わり、小さく美しい世界とそのアンビエンスを届けてくれている。

Photo by jccg
Photo by jccg

そして世界で数十人もチェックしていないであろう彼のyoutubeのチャンネルに曲のタイトルだけを据えて(検索でそこに行き着くわけないだろう)、新曲と思わしき動画を連日のようにアップロードしていた。それらが来るTear SouvenirによるA Q U A Eの新作であるとは知らされず。いや、その予感は勿論のこと存在していたのだが。




関係のない曲も混在して無言で投稿するものだから彼の活動は把握がしづらい。「exocore」は神聖かまってちゃん風のノイズ・パンク・コラージュといった趣きで私を混乱させた。そういえば彼はエコージャム信奉の強い人物であり(チャック・パーソンの大ファンであってヴェイパーウェイヴ、特に現在のそれとは距離を置いた)、ミーム的でない実験の脈の上に位置するサンプリングを嗜む性格であることを思い出した。



彼のようなアンビエント、ドローン、コラージュ、エコージャムの境界線が曖昧な、溶けた音楽が私は好きだ。そして今回のTear Souvenirの『Makeup removal』はまさしくその音楽が端正に並べられている。
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私が+youとして、彼がxccgとして共作しA Q U A Eからリリースしたスプリット『buranko』の、私のパートの最後に収録した楽曲はエチオピアの古い音楽をスクリューしてループさせたものだったのだが、それをまたピッチを上げて編集し直した「kenjiamigo」は巡り巡って原曲に近づいており微笑んでしまった。作ってくれてありがとう。しかし、原曲の美しさはやはり普遍的で、彼がこの曲に引っ掛かったのも感性の重なりを感じとり、嬉しい。



そのお返しとしてTear souvenir「Underneath」のQuiet editを制作した。今まで自分の声を使うのは躊躇いがあったが、本日、5月21日を以って26歳を迎えたわけで、ずっと挑戦したかった朗読や歌唱に歩を進めたい。今年の夏には+you & space xの『with u』をリリースする。その先、今年の冬か来年の春には+youの『world tour 2』をexo tapesからリリースすることを彼と約束した。メトロノリとの共作も牛歩だが進んでいる。いつかこのQuietも形になればいいな。



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『Makeup removal』を聴いていると広大な雲海が広がる。雲の海というより、雲と海。

http://aquaardens.com/releases

5/05/2018

2020年に向けての2018-2019スタイル模索 / Lonzo Ball Herring OST, dJ GaGa SLiME & Mc Pure PhotoShop Core & Ico Yorda etc.


今年も来年も新しい名前で活動したい。周囲からは滑稽に映ったとしても私がなりたいのはフェルナンド・ペソアのような表現だから。ということで18-19のスタイルを模索中。Lonzo Ball Herring OSTのテーマは”ループ&トランス”。じれったさを感じる展開のなさのなかで1ループをどこまで気持ち良くトランスさせることが出来るか。恐らく歴代でも一番のサンプリング数なはず。まとまった作品についてはまだまだコンセプトが決まっていないので時間が掛かりそう。

当初はVangelis Katsoulisを丸々パクった「Andromeda Galaxy」路線でスーペーシーな雑多コラージュでまとめようと思っていたが途中で飽きてしまい、かなり半端な名義になってしまった。南無。
LynnのPolido宛てのバースデイ・ソング。名義は決まっていない。ローファイで退屈なポップソング集1つ作りたいな。

先日LynnからリリースしたKenji名義(今のところ)の楽曲。最近中央アジアの音楽を掘っていてこの手のダイナミックな旋律が多々あり感銘を受け即時製作に取り掛かった。今一番コンセプトを考えるのが楽しい。というかどの名義にしろコンセプトを考えている時間が最大の幸せ。アートワークも先行で作るし。そして全てが出来上がってしまったら急激に冷めるのもどうにかしたい。

Ico Yorda。ケータイの着信音をテーマに作ったDJWWWWの『Ringtone Super Collection』、思い返せば楽しかったなと。しかしDJWWWWでは作りたくないし、エレクトロニカ作っとかないとダメだと感じるしで、”30〜45秒縛りのエレクトロニカ”でぼちぼち製作進行中。20曲ぐらい溜まったらリリース予定。

最後にオマケで2014年にConstellation Botsu、荒井優作、Susan Balmar、tetsuoをフィーチャリングして制作したDJWWWW名義のアルバム『Vishnu』より収録曲「雷電 壱 ft Constellation Botsu」「雷電 弐」。音楽を作り始めた頃はこういう直球なノイズが好きだったな。来年ぐらいにこの路線に戻りたいかも。元々、ティーンの頃はノイズやインダストリアルを聴いてきたし。

5/04/2018

could you


mediafired?

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